お寺の成り立ち

 

沿革


 当初は円理院と称し、永徳元年(1381)、筑後柳川に創立されたとされる。過去帳に依れば、開山は本成院日円上人とある。

 慶長8年(1603)、日蓮宗の立教開宗350年の年、第18世、戒光院日秀上人の代に、地元有力者であった立花宗茂の家臣、薦野(こもの)増時(ますとき)によって現在の境内地が提供され、博多に於ける法華経の道場として、また薦野家の菩提寺として再出発を図ることとなった。

 現在の本堂と山門は天明5年(1785)、第32世、本妙院日定上人の代に再建されたもので、第2次大戦時の福岡空襲からも奇跡的に難を逃れ、現在もその容貌を保っている。

 平成14年(2002)、立教開宗750年と同時に博多妙典寺は400年という大きな節目を迎えた。



石城(せきじょう)問答

 慶長8年4月25日に奉行された開堂法要の当日には京都妙覚寺の唯心院日忠上人を招き、記念法話が行われた。その最中、博多在住のキリシタン教徒が押し掛け、日忠上人に対して宗教問答を迫った。これを宗門史上では「石城問答」というが、結果は日忠上人が勝利をおさめ、当時のキリシタン布教所は藩主黒田長政公に没収されることとなった。

 後に日忠上人はその土地を長政公より賜ることとなり、寺院を開創した。「問答に勝って立てられた寺」ということから、その寺は勝立寺と名付けられた。現在の福岡の中心地、天神に所在する。

正式名称  瑞祥松林山 大乗院 妙典寺


宗派    日蓮宗(山梨県の身延山久遠寺を総本山に仰ぐ)

明治後期の写真(本堂と庫裡は現存。松は大正年間に虫の害で枯れてしまいました)