お寺の新聞「瑞祥(ずいしょう)

 

年間数回(不定期)発行しています。話題が時期外れの場合もございますがご容赦下さいませ、、、

令和3年4月25日(日)発行

ごあいさつ


 日々のご参拝、誠にご苦労さまです。賜りましたご祈願料、謹んで寺納させて頂きます。

 申し込み頂いた人数分の御札(おふだ)を同封致しておりますのでご確認下さい。

 この御札はお仏壇や神棚等(タンスの上でも可)に安置し、 しっかりとお題目をお唱えして下さい。

 同封の小さな封筒は甘茶(あまちゃ)です。

 四月八日はお釈迦さまのお誕生日です。伝承では、お釈迦さまのお誕生を天の神々がお喜びになり、甘露(かんろ)の雨を降らせたということです。その故事に習い、本日の法要では、お釈迦さまのお像に甘茶を灌(そそ)いでお祝いします。

 同封の甘茶も本堂にお供えしてご祈祷を施しております。古来より、心の垢を洗い清めて災いや厄を除くと云われています。是非お召し上がり下さい。



生活の中の信仰


 日蓮聖人のご信者の中に鎌倉幕府に仕える四条(しじょう)金吾(きんご)という武士がおられます。

 聖人が法華経信仰を世に強く弘めようとしたため、幕府からの迫害を受けられたことは皆さんご存知でしょう。伊豆や佐渡へ流罪となった後、三度目の流罪の噂が立ちました。幕府に近い立場におられた金吾氏は、聖人に「気をつけて下さい」というお手街を送ったようです。そのご返事に次のような言葉があります。

 「もし事実であっても、それは本望です。貴殿は今まで通りお勤めすることこそ、常なる法華経信仰になるのです。尊いことです。主君に仕えることが法華経の実践だと考えてみることです。法華経の第十九章には『世の中のあらゆる生活と産業は皆、仏の知見(ちけん=智慧)と相違するものではない』と書かれています」

 金吾氏はかつて、日蓮聖人が斬首の刑に遭いそうになった際、切腹して殉教しようとなさる程の強烈な信仰を持った武士でした。今回も、場合によっては仕官先である幕府を裏切ってでも聖人をお守りしようという思いがあったのかもしれません。聖人は、そうした金吾氏の思いを有り難く受け止めながらも、無茶な行動を慎むようにと諭されたのでしょう。

 時代や業種は変わっても私たちは何らかの立場で働き、社会の一端を担っています。

 漢字の意味では「働」という文字は「人が動く」ことを表しています。また、「はたらく」とは「はた(傍・端)、つまり自分以外の人々を楽(らく)にする」に通じるという人もいます。

 心に留める信仰を大事に持(たも)ちながら、現実社会の一員として各自のお役を果たすことは仏さまのご意思に叶っている、ということを日蓮聖人は伝えたかったのでしょう。

 昨年の春以来、日本だけでなく、世界中が大変な状態になってしまいました。前述の日蓮聖人のお言葉は、鎌倉時代のお武家さんだけでなく、コロナ禍と云われる昨今を生きる私たちにも通じるお言葉だと考えます。私たちが互いを思いやり、そして心を込めて携わっている一つ一つの行いは、そのまま立派な仏道修行なのです。



息子たちの近況と今後


 春のお彼岸法要でもお話し申し上げた通り、我が家の長男は現在、日蓮宗の総本山である山梨県の身延山(みのぶさん)にて修行中です。この修行を終えますと、正式な日蓮宗僧侶としての資格を本部より頂く運びとなります。その後は、在職中の地元の会社にて勤務を続けながら、妙典寺の後継者として仏道精進致します。また、次男は兵庫、三男は広島にて会社勤務に励んでおります。

 幼い頃より檀信徒の皆さまに可愛がって頂いた息子たちも、お陰さまで三者三様の道を歩み始めました。誠に有難うございます。

 私自身に関しては、後継者育成に力を注ぎながら妙典寺の法灯を絶やさぬよう、益々精進を重ねて参る所存です。何卒、今後とも宜しくお願い申し上げます。