お寺の新聞「瑞祥(ずいしょう)

 

年間数回(不定期)発行しています。話題が時期外れの場合もございますがご容赦下さいませ、、、

令和5年4月23日(日)発行

ごあいさつ


 皆さま如何お過ごしでしょうか? お陰さまで博多妙典寺は四百二十一年を迎える運びとなりました。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。



法華経第九章


 今回は法華経の第九章についてお話します。表題は授学無学人記品(じゅ・がく・むがく・にん・き・ほん)といいます。

 というのは、その字の通り「さずける」という意味です。

 学無学という言葉は更に「学」と「無学」に分解されます。

 「学」というのは「有学(うがく)」ということ。しかしこれは、現代の私たちが使っている「学がある」という意味ではなく、「まだ学ぶべきことが有る(残っている)」という意味です。逆に「無学(むがく)」という言葉は「もうこれ以上、学ぶことが無い」という意味です。

 普段、私たちが使っている「無学」という言葉は「学が無い」といって、あまり良い言葉とは云えません。しかし経典の中の無学というのは全く逆の意味合いを持っていますので、注意が必要です。

 は言うまでもなく私たち、仏の弟子を示しています。

 というのは「仏になることができる」という保証というか、予言のようなもの、或いは可能性を持っていると解釈して良いと思います。

 は「章(しょう)=小見出し」です。

 従って、この表題のタイトルから読み取れることは、「まだまだ学ぶべき(修行すべき)ことが有る者も、充分に学んだ(修行した)者も、全ての人が仏になる可能性を秘めている」ということです。



羅睺羅(ラゴラ)


 お釈迦さまという方は、今から約二五〇〇年の昔、古代インドの釈迦族(しゃかぞく)の王子として、この世にお生まれになられました。その日は四月八日だと云われています。本来のお名前は、ゴータマ・シッダールタ王子と云います。

 王子として成長し、耶輸陀羅(ヤシュダラ)姫という女性と結婚しています。お二人の間に生まれたのが羅睺羅という息子です。

 しかしながらシッダールタ王子が、その身分を離れて出家し、修行を重ねて悟りを得、仏陀(ブッダ=真実に目覚めた人)となられたことは皆さま御存知の通りです。釈迦族の王子として生まれ、仏陀となられたことから釈迦牟尼仏陀(シャカムニ・ブッダ)、即ちお釈迦さまと呼ばれています。

 後に、ヤシュダラ姫も息子のラゴラもお釈迦さまの弟子となりました。

 法華経の第九章では、羅睺羅をはじめ、全ての修行者が悟りを開くことができると、お釈迦さまから直接に記(予告・保証)を授けられ、大変な喜びに満たされる様子が描かれています。



羅睺羅の苦悩と目覚め


 法華経には書かれていませんが、仏伝によれば、羅睺羅にはお釈迦さまの実子としての苦悩もあったようです。

 羅睺羅が出家したのは十五歳。遊びたい盛りです。更に仏陀の実子としての甘えもあったようで、なかなか悟りを開くことが出来ませんでした。他の先輩修行者から厳しい指導を受けることもありました。

 王位継承を放棄して出家した父親に変わり、王国の財産を受け継ごうと考えた時期もあったようです。しかしながら、目先の財産や地位ではなく、父であるブッダの説く教え、「仏法」こそが真の財産であるとの考えに至りました。

 父(仏陀)の威信を傷つけることが無いよう、密かに修行を続けていたこともあったようです。このことから羅睺羅は後に、「密行(みつぎょう)第一」とされ、お釈迦さまの十大弟子の一人に列挙されるようになりました。

 現代社会にあっても、実の親子が師匠と弟子、上司と部下になることは多々あります。現に私自身にも当てはまります。親子共に悩みや不安はありますが、精進を重ねて参ります。